甲子園への魅力の裏側には子供達への嫉妬がある。

アイキャッチ画像 (写真:日刊スポーツ/アフロ)より引用

 

今年も甲子園が終わりました。

大阪桐蔭の春熱連覇に、金足農業旋風。

対照的な両チームの決勝戦は誰もがどちらのチームにも期待をしました。

結果としては大差がつきましたが、記念すべき100回にふさわしい大会になりましたね!!

 

さて、毎年のことに甲子園の季節には多くの方が高校球児のひたむきな姿に心打たれ、甲子園に熱狂するわけですが、、、

 

なぜこうも甲子園にみんなが魅了されるのでしょうか。。

甲子園にはどんな要素があるのでしょうか。

野球、夏、応援、誰かのために、終わりがある、一球に対する球児たちの熱、勝者と弱者。

各チームの環境の違い、プレイヤー・マネージャー一人一人にあるストーリー。

感動するポイントは多々あると思います。

 

ただ、最近自分はそれだけじゃないと思うのです。

 

それがタイトル文にも書いたことです。

 

甲子園の熱狂には、大人たちの嫉妬がある気がするのです。

 

嫉妬ってなんだ??という方もいると思いますので、ちゃんと説明していきます。

 

甲子園をみる大人たちの目

 

甲子園を見る人たちには様々な人がいます。

とりわけ、高校を卒業して長く立つ20代以上の方は多いと思います。

ふと思いました。

若い人たちのイベントごとに大人たちが熱狂するのはなんで??

と。

 

僕自身のことを考えていたら、気づきました。

 

もちろん、甲子園はそれだけで十分に面白いです。

野球のレベルは高校球児なのに高いし、一球にかける思いも熱くて見ていて楽しい。

 

ただ、それだけじゃなく

僕は甲子園に出ている球児に嫉妬していたのです。

 

嫉妬の理由

皆さんは今どのような日々を送っているでしょうか。

充実している方、苦しい方、悩みを抱えている方、特に何もないって方。

様々ですよね。

 

僕は正直退屈な毎日だなと思っていました。

 

そんな中甲子園には僕にはないものがあるように見えました。

負けたら終わり。一球にかける真剣さ。

負けて泣いて悔しがる。全部を出し切り感情を爆発させる。

どれも今の僕に持っていないものだなと。

 

僕は、燃え尽きるように真剣に何かに打ち込む高校球児に嫉妬していたのです。

 

自分は自分でやるしかないのに。

今の場所で燃え尽きるようにする道しかないのに。

 

それでいて、これはそもそも僕だけじゃないのではないかと思うようなツイートを拝見しました。

それはkiyotoさんのツイートからでした。

よくよく考えて見ると、

これは本当で今現在高校の頃のピークを超えて努力している人なんてごくわずかなのではないでしょうか。

 

僕も、大学である意味ゆるくいきたり、真剣にいきなくてもなんとか生きていけることには気づきました。

卒業しても、うまく生きれるんだなと感じたことも多々あります。

 

でも、どこか満たされない日々を送っていました。

 

それが何かっていうのを私は甲子園から気づかされました。

 

今ある場所でもいい。何かに向かって真剣に取り組む。

好きな仲間と笑いあったり、苦楽を共にする。

 

こんな経験が今足りていない。

そして、これは僕だけじゃなく感じている人は多いのではないかと。

 

何かと、いろんな情報が入って来がちなSNS。

もちろんそれはメリットではあります。

 

ただ、目の前のことをできずに宙ぶらりんなままではいつまでたっても宙ぶらりんのまま。

 

そのような生き方もいいとは思います。

 

ただ、僕はそうじゃないなと。

今週末は学びの多い二日間でした。

 

(kiyotoさんのツイートを引用させていただきました。問題がございましたら、消去致します。)

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